書家 山本祐司 −正統と品格 清新な雅趣の創造− 本文へジャンプ

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2006年掲載

応援してくださる方々

 

2006年の個展には多くの方々がご来駕くださいました。

開催地の愛知県安城市と周辺市町の方々はもとより、

静岡、岐阜、三重など県外からもお越しいただきました。

会場に用意した感想ノートには多くのご感想をお寄せいただき、

読み返すたびに新たなエネルギーが湧いてきます。

 

東京からお越しくださった方が、ご自身のサイトに個展の感想を記してくださいました。

ここにその内容をご紹介します。

 

今どきの書家

私は大学で芸術の「書」を専攻しました。今から25年くらい前のことです。筑波大学の芸術学群の美術科の中の書専攻は同級生が7名。どの学年も10名以下です。大学院の2年生から学部の1年生までいれても50人いませんでした。
そして私達に書を教える先生方は、教授が確か63歳、助教授が60歳、一番若手なのが講師で45歳くらいだったと思います。書道の世界では、60代は若手と言われます、45歳などといったら新進気鋭の書家です。
だいたい、教育学部の中ではなく、芸術学部の中に書専攻というのを作ったのが、筑波大学が初めてでした。今も芸術で「書」がある大学はほかにないかもしれません。書は、教育学部で、国語の教師になりたい人が合わせて学ぶような教職課程としての扱いでした。そして、芸術的に学びたい人は、「書」ではなく「書道」の道で精進していました。
つまり「華道」「茶道」のような、師匠に師事して流派の中で学ぶという形です。ですから門下生は、全員同じような字を書くようになっていきます。現在も書壇といわれる、書道界はこの形です。そして、書壇では、60歳は若手、45歳では新進気鋭の超若手、70代の先生方が一番力をもっていたりする、なんとも信じがたい年齢構成の力の図がありました。今もそれは変わりません。
そんな、当時の同級生を思い出すと、女性はともかく男性は、ひたすらまじめに50年字を書いていきそうな、勉強&研究が大好きな、芸術家というより、研究家ばかりでした。どちらかというと、芸術学部の中で異質の地味さを放っていました。
25年の歳月を経て、それが大きく変わってきたようです。私が今一番応援している、若手書家「山本祐司」くんは、若干25歳。そうです、私が書を大学で専攻しているときに生まれた年代です。外見は、ソフトでさわやかなハンサムな顔立ちに、スポーツ選手のように鍛えた体は、書家というイメージよりも、アーティストです。そして、彼の自由な発想や、チャレンジは、書を現代にあった新しい芸術へと導いてくれる息吹が感じられます。この前のテレビドラマで、小泉元総理の息子さんがやっていた書家役なんかに比べ物にならないほどカッコいい!
こんなに素敵なイイ男が、書の世界に現れるとは・・・。これは絶対に60歳など待たずに、大スターになって欲しいと、芸術家のパトロネージュを気取る私としては、心に誓ってしまいました。
彼の作品の素晴らしさを是非、多くの人に見てもらいたいなと思いました。

 

身に余るご感想ではありますが、みなさまからのご声援を糧に

今後も新たな作品制作や書活動に打ち込んでいきたいと思っています。