書家 山本祐司 −正統と品格 清新な雅趣の創造− 本文へジャンプ

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2009年掲載・2019年改訂

平安時代(古今和歌集)と鎌倉時代(新古今和歌集)

 

古今和歌集と新古今和歌集。

古今和歌集は初めての勅撰和歌集。
醍醐天皇の勅命で編纂され、平安時代の延喜5年(905年)に
醍醐天皇に奏上されたといわれています。編纂者の紀貫之らが有名です。

万葉集以後、編纂当時までの140年間の和歌を集めています。
平安時代中期の国風文化の確立に影響を与えており、
また、古今和歌集を暗唱することが貴族の教養とされていたようです。
教養だという理由で1100首も覚えようとしたら
現代の我々には気が遠くなってしまうかもしれません。

9世紀なかばの貴族社会では、男性にとって盛んであった漢詩文が衰退し、
和歌が隆盛しはじめました。藤原氏の摂関制度の時期の頃です。

古今和歌集が書かれている古筆では、
高野切、関戸本、本阿弥切、元永本、と呼ばれているものなどが有名です。
高野切は知的なスマートさがあり、関戸本は力強い線が魅力で、
本阿弥切は回転のリズムが良く、元永本は料紙が華麗なところが見どころです。
平安時代の最高峰の仮名の類に入るかと思います。

新古今和歌集は、鎌倉時代初期の和歌集です。
後鳥羽上皇の命で撰進され、有名な藤原定家も編纂に携わっています。
和歌の数は、古今和歌集よりも多い約2000首。

西行、慈円、藤原俊成、寂蓮、後鳥羽上皇などの
国語の授業などでも有名な人達の和歌がいくつも入っています。

平安時代の古今和歌集は、漢文が全盛の時代が終わり、
遣唐使が菅原道真の進言により廃止され、国風文化(日本風の文化)の
新しい時代に転換する頃に、初めての和歌の勅撰集として登場しました。
古今和歌集が登場する前の平安時代800年代の勅撰集は3つあり、
すべて漢詩集でした。古今和歌集の以後、勅撰集は和歌集になっています。

鎌倉時代の新古今和歌集は、院政という政治のもと、
新興勢力の武士の台頭に対して、貴族たちはかつての栄華は望むことはできず、
古今和歌集の時代の復活を夢見ていたともいわれています。

新古今和歌集の時代である鎌倉時代に書かれた仮名は、
平安時代に見らるようなシャープで円転自在な印象が消え、
どことなく洗練という言葉から遠ざかっているような感じがします。

平安時代の貴族文化(国風文化)の衰退とともに
筆で書かれた文字の華麗な技巧も衰退してしまったと言っても、
特に反論はないことかもしれません。

もちろん、鎌倉時代の仮名は平安時代の仮名とは違うものとして見れば、
見どころのあるものもあるといえなくもありませんが・・・。

時代の文化が変われば文字の雰囲気や洗練度も変わる。
文字はその時代とともにあるものですから、変化は当然のことです。

時代背景と書についての関連に興味を持つことも面白いと思います。